2012年03月11日

「君が代」問題の問題

卒業式の季節に「君が代」がまた話題になっている。天皇陛下の意思に反して国歌斉唱を強制しようとする者たちは、愛国心の涵養のためというよりは、対立する考えを持つ者を「排除」するために動いている。そして、そこに「悦び」を感じる群衆がそれを応援する。異なる考えを持つ者同士が「共存できない社会」になりつつある現在の日本を象徴する忌むべき動きだと思う。

そもそも「君が代」については、様々な誤解がある。意図的に歪んだ解釈をする者もいる。歌そのものについて、もう少し考え直す必要があると思う。

まず、君が代の「君」は天皇のことではないという人や、君が代は「恋の歌」だと解釈する人がいるが、これは間違いだ。「君」とは、「国家・国民の象徴である天皇を指す」というのが政府の公式見解であり、だからこそ強制しているわけだ。

しかし、この歌がどういう歌として歌われてきたかも知っておく必要がある。

「君が代」の曲が作られたのは明治時代だが、歌詞は新古今和歌集にまで遡れる。当時の「君」は天皇ではなく、歌人の主君を指したようだが、その生が永く安寧であることを願った歌だというのが一般的な理解だ。

しかし、実際には異なる解釈で読まれたこともあったようだ。さざれ石が巌になるまでなどという表現は、李白の「白髪三千丈」のような誇大表現というやつである。ほとんど冗談に近い、ユーモラスな歌だとも言えるが、天皇をからかった「慇懃無礼」な歌だとも言えるのである。過剰な賛辞は、意味が逆転してしまう。

さらに江戸時代には、「君が代」はセックスを含意した歌として歌われた歴史もある。「いわおとなりて」の部分に、「岩」(男性器)、「ほと」(女性器の古語)、「成りて」(性交を指す)を読みとるのである。このように、ひとつの歌にいろんな意味を読みこんでいくというのは、日本古来の伝統だ。

このように、「君が代」はさまざまな意味を帯びた歌だ。そもそも国歌として適当な歌だと言えるのかどうか?

このような「君が代」を無理に単一の価値観で解釈し、重々しい曲をつけて、天皇中心の国家観を支えるために用いたのが明治時代の陸軍である。ただし、当時は国歌にはなっていない。君が代を「国歌」と定め、国民に強制していこうというのは、最近の政治的な動きである。政治家の政治の道具として利用されているだけなのだ。

国歌の強制というのは、日本の歴史の中でも異常な事態だと言っていい。江戸時代の庶民は、家康をあがめる歌を強制されただろうか?

banner_04.gif


posted by muse at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い・日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。