悲しいことだが、虐殺(ジェノサイド)は人類にとってかなり普遍的な出来事である。世界中いたるところで虐殺が起こってきた。恨みや嫌悪感が醸成されれば容易に虐殺につながってしまう。そして、ある一線を越えると「皆殺しモード」に突入する。相手からの復讐を恐れるがために全滅させようとするのであろうか。ともかく、人間の歴史は虐殺の歴史だったと言っても過言ではない。
ナチス・ドイツによる1000万人以上のユダヤ人虐殺(ホロコースト)はあまりにも有名だが、それ以外にも大規模な虐殺はいくつも知られている。たとえば、ロシアではスターリンがロシア人1000万人、少数民族10万人を虐殺したという。クロアチア人とセルビア人の虐殺や、スーダン・ダルフールでの虐殺、911テロなども虐殺の例だろう。少し時代をさかのぼれば、南北アメリカ大陸の原住民も、スペインやイギリスなどのヨーロッパ各国からの侵略者によってかなり虐殺されたようである。おそらく、歴史に記録されていない虐殺が他にもたくさんあったはずだ。
日本も虐殺と無縁ではなかった。第二次世界大戦の終戦前、アメリカは日本各地への無差別空爆、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下によって、ある地域の日本の民間人をほとんど「皆殺し」にした。また、日本人も満州や南京などで中国人を虐殺した。もう少し時代をさかのぼれば、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際にも、加藤清正が朝鮮民衆を虐殺したとされる。もっとさかのぼれば、国内でも大和民族が蝦夷人・アイヌ人を虐殺したらしい。比較的小規模の虐殺も含めるとすれば、もっとあるだろう。
そして、今後も虐殺はおこりうる。たとえば、万が一、日本が隣国と事を構えるようなことになれば、おそらく虐殺がまた起こるだろう。日本が優勢となれば、日本人は隣国の民を虐殺するだろう。日本が劣勢となれば、逆に日本人が虐殺されるに違いない。いや、優勢とか劣勢というのは、もはや古典的な発想かもしれない。もし、互いに反感を煽り、挑発しあうような現状を克服できなければ、両方の国でテロによる虐殺が起こるかもしれない。
そして、一度事態が虐殺・戦争の方向に動き出したら、良識を持ってその流れに抵抗することはとても難しくなるだろう。しかし、勇気を持って抵抗しなければならない・・・。いや、まずはそうならないように努力するべきだ・・・。そんなことを考えさせられた。
ところで、スペイン人の侵略者によるアメリカ原住民の虐殺について、ニール・ヤングが「コルテス・ザ・キラー」という曲を作っている。ニール・ヤングの曲の中で、僕はこの曲が一番好きかもしれない。メッセージ性を抜きにしても素晴らしい曲だ。静かにゆっくりと表現される、抑えられた怒りに心を揺さぶられる・・・。静かに激しくうなるギター・ソロも最高にかっこいい(『ライヴ・ラスト』収録のライブ音源もすごい)。
Neil Young『Cortez The Killer』←コルテス・ザ・キラー、視聴+ダウンロード!
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ニール・ヤングの新譜、反戦アルバムは聴きましたか?
私は近々買います。
そういう趣旨であれば、ちと恐くもありますが・・・(笑)。
ニール・ヤングの新作、発売前ですがホームページで聴けるんですよね。いま聴いてます。それにしても、あいかわらず過激なことをやってくれますね。
本人は「いまの若い世代が反戦の音楽をやってくれるのをずっと待っていたのだけど・・・結局おれたちがやらないといけないのだとわかった・・・」と言っているそうですね。
コメント初めてできんしょーします・・っ!
えーと、緊張されることは無いと思いますが、
「出会い系サイト」への勧誘でしたら、せめて他の記事にお願いします・・・(笑)
またお邪魔します。
考えてみると、人類の歴史は争いの歴史であり、虐殺の歴史ですもんね。
これは人間がいなくならない限り地球上から無くならないものなのか?と、なんともやるせない気持ちになります。
せめて映画が少しでも前進していけるツールになっていけばと、願います。
歴史を振り返り、正しく学ぶことができればいいんですが、いったん暴走を始めると止めるのが難しい・・・。平和なうちに、争いの種とはどういうものかを冷静に見極めて対処していく努力が必要なんでしょうね。
それと、「暴走していきつつある自分」を見つめなおすことができれば改善できる可能性があります。映画・音楽・詩などには、そういう「自分」に気付かせてくれる作品というのがありえますよね。
私はよく、もし船が沈没しそうになった時、救命胴衣を隣の人に譲ることができるか?とかいうことを考えます。もし、自分がホテルルワンダの主人公と同じ状況になったら、どうするだろう…
隣人を見捨てて、自分だけ助かろうとするんではないだろうか。一生懸命隣人を見捨てる言い訳を探して、良心の痛みをごまかそうとするんではないだろうか… 見て見ぬフリをして人の痛みに目を背けて、自分を保とうとするんではないだろうか。それは、私の日常に溢れていること。どこかの国で虐殺が行われているというニュースを見ても、口で「かわいそう」と言い、すぐにそんなこと忘れて夕食を楽しんでると思います。
私は、この世でどうあるべきなんだろう…
答えのないことを、ツラツラと書いてしまいましてすみません。お邪魔しました!!
この映画は本当にいろんなことを考えさせてくれます。自分はいったいどう生きるべきなのか・・。これも非常に難しい問題です。ルワンダでの虐殺の映像をテレビで見ても、僕らには何もできなかったかもしれない。でも、これはもうどうしようもない部分なのかもしれないとも思います。なぜなら、一度始まった虐殺を止めることは普通の人間にはできないことだからです。
ホテル・ルワンダの主人公の行動は、すさまじい勇気に支えられた素晴らしい行動だと思いますが、残念ながら彼も虐殺自体を止めることはできなかった・・。いったん動き出した憎悪の暴発を止めるのは非常に困難です。だからこそ、そうなる前に争いの芽は摘んでおかなければいけないのだと思います。争いの芽は身の回りのいたるところに転がっています。