この曲のスタンスは、戦場の兵士の立場を歌うということ。「戦争の大義名分として言われる善や悪なんて、兵士にとっては意味が無い。戦闘中の兵士にそんなことを意識する余裕はないのだ」。これが最も強いメッセージだ。言ってしまえば当たり前のことなのだけど、このメッセージはあらゆる戦争に今でもそのまま通じる。
ブッシュ大統領がいくら戦争の正当性を主張しても、それで戦場の兵士が救われることは無い。兵士たちはただ「必死に作戦を遂行する」ことしかできない。正当な闘いだからといって、死を容易に受け入れられるわけではない。
同じように、大東亜共栄圏といった「高尚な」思想をどんなに教え込まれていたとしても、それで戦場の日本兵が「自分の死を容易に受け入れることができた」とは思えない。いや、そう思ってはいけないのだと思う。「生きて帰らず」というような言葉は「覚悟」を示すものなのであって、本当にすすんで死のうとする兵士はいなかったはずなのだ(しかも、生きて帰ると白い目で見られるという状況もあった)。だから、「彼らは国を守るため、理想のためにすすんで命を捨てたのだ」という美談を語って感動の涙に酔いしれたりするのは、生き残った者のエゴだと思う。
死にゆく戦場の兵士たちが、死ぬ間際に同じような「感動の涙」を流す余裕があっただろうか?「理想のために死ぬ喜び」にうちふるえたりできただろうか?彼らが「立派であった」と称えるのはよいとしても、そうすることで彼らの無惨な死が少しでも「報われる」と考えるとしたら、それは傲慢なことだと僕は思う。戦争は果てしなく悲惨なものだ。
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この曲は自分にとってもビリーの中で3本指に入る位好きな曲ですが、毎回聴く時は歌詞を噛み締めて涙が出そうなのをこらえながら聴いてます。
これは持論ですが、人間には男と女がいるようにどうしても世の中には争い事が好きな人と嫌いな人がいるんですよね。
前者が大統領になってしまう国は悲惨だと思います。
この曲は、うちの弟が最も好きなビリーの曲です。
内容については、コメントは差し控えておきます。
争いごとが好きな人と嫌いな人・・・
たぶん、争いごとが好きな人なんていないと僕は思いたいんですけどね。争いが起こってしまうのは、自分たちが脅かされていると思い込んでしまったり、誰かを「敵」にすることでしか自分たちのまとまりが保てないようなときが多い気がします。ただ、いったん「戦争」になってしまえば、何が原因で戦っているのかとか、正当な戦争かどうかといったことは、戦場ではあまり関係ないということなんでしょうね。
この曲は商業的にはあまり売れてない曲なんですが、この曲への思い入れの強い人は多いということですね。
なるほど。
ミューズさんはとても常識の有る優しい人ですね。
巻き込まれる人が1番可哀相ですよね。
とにかく考えさせられる名曲には間違いないですね。
巻き込まれる人が悲惨ですよね。戦場に限らず、いろんな所で悲しいことが起こるのが戦争というものだという気がしています。
家族を守るために、体を張って戦う以外には、庶民は死にたくないものです。
A級戦犯という言葉を使うと、外から押し付けられたものと考えることもできてしまうのですが、われわれ自身が考えてみる必要はあるでしょうね。
あともう一つ、僕がとても気になる表現は
「戦死してくれた人たちがいたからこそ、今の日本がある(だから感謝をするべきなのだ)」
という言い方です。
神風特攻隊のようなものが典型的ですが、あのような「死」によって日本が救われたわけではないと僕は思います。日本が今の形であるのは、日本があのタイミングで無条件降伏をしたからです。アメリカが無茶をしなかったおかげだといってもいいかもしれない。戦没者が仮に「誇りを胸に死んだ」のであっても、戦争で死ぬことに「価値がある」と考えてはいけないと僕は思います。
ほんとうに、日本は二度とあのような悲惨な戦争を繰り返すべきではないと思います。
そのためには日清戦争から太平洋戦争にいたる日本の侵略の歴史をきちんと見つめる
ことが必要だと思っているところです。
>それで戦場の日本兵が「自分の死を容易に受け入れることができた」とは思えない。いや、そう思ってはいけないのだと思う。
本当にそう思います。
もしかしたら、安っぽいヒロイズムがあったかもしれない。しかし、そのチープなヒロイズムを作り出した<権力性>をしっかり考えないといけないと思います。
死ぬ場所に送った権力が、それを祭祀するという矛盾を、われわれは鋭く見ていなければならないと思います。チープな涙を流す前に、冷静に止められるものは止めるのが、本当にやるべきことなんだろうと思います。
何を隠そう、B・ジョエルと僕は同じ誕生日(5月9日)なんです。もともと好きでしたが、同じ誕生日と知ってさらに好きになりました。
最近、彼の新作が聞けないのが残念ですが、早く何かのニュースが聞きたいです。
戦争については、色々な方の意見が書かれていますが、僕は「男たちの大和」に書いたように、愛国心の死にかなり疑問視をもっています。
MUSEさんが書かれている、「兵士達が生きて帰ることの後ろめたさ」は、とても共感出来ました。
日本の戦争の歴史を見直すのは必要なことでしょうね。あまり感情的な結論に走り過ぎないように気をつける必要もありますが。
本当にそう思います。「戦死することこそが美しい」という幻想は、当時の権力的なものによって作り上げられてたものだということは忘れてはいけないと思います。それから、冷静に戦争に反対するというまさに「愛国的」な行為が「非国民」として迫害された歴史を忘れてはいけませんね。
ビリー・ジョエルは今ツアーをしてますが、もしかしたら日本にも来てくれるのではないかと期待をしているところです。新作の方は・・・どうでしょうね。出してくれるといいのですが。
戦争当時は「生きて帰る」ことが卑劣なことだという感覚があって、それはそれはもう悲壮な現実があったということですよね。しかし、この感覚はどうしようもないネジレを持っているということを忘れてはいけないと思います。
B・ジョエルがツアーをしているんですね。
これは嬉しいニュースです。
ぜひ、大阪公演を待っています。
貴重な情報、有難うございます。
ビリー・ジョエル、来てくれたらいいんですけどね!ボックス・セットも発売になったことですし。来日するのなら大阪でも是非やってほしいですね。
すばらしいレビューだと思いました。
僕もこの歌大好きです。
僕の意見をいわせてもらえば、
大東亜戦争に関していえば、
両方いたのだと思います。
つまり、死ぬことを厭わなかった人、
恐れた人。
いやむしろ両方持った人が多かったのかもしれません。
僕の祖父がそうでしたが。
大切なのは、
その精神性を賛美しないこととともに、
彼らを権力とかマインドコントロールの犠牲者だと哀れまないことだと思います。
どちらもエゴだと思います。
要するに彼らは本気だったのです。
それを現代の価値観で断罪するのではなく、
彼らではなく、私たちはどうなのかと自問することだと思います。
戦争のことで感傷的になるというのは、「安全地帯」にいる現代人のエゴなんでしょうね。戦争はただただ悲惨なもので、その時代を生きていた人はともかく必死であった・・。現代とはまるっきり違う世界だったわけですが、当時の世界のことを感傷的にとらえることは僕にはとてもできません。