2009年11月02日

エピフォン・カジノ@ジョン・レノン

演奏の完全コピーとともに、ビートルズのファンがよくこだわるのが楽器。メンバーが使っていたものと完全にそっくりのモデルが作られたりもする(改造したり!)。こちらはジョン・レノンが来日公演で使っていたエピフォン・カジノをモデルとしたもの。

Epiphone Inspired By "John Lennon" Casino
 

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タグ:楽器
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2009年11月01日

インコ式新聞

静岡新聞がインコ式に移行するそうです。楽しくっていいですね〜。2030年開始予定(笑)。

インコ式静岡新聞、2030年開始予定(YouTube)

2040年には和服美人式も開始予定だそうです。うーん、どうしてインコ式より実現に時間がかかるのかよくわかりませんが、あ、そうかアンドロイドってことなのか(笑)。

和服美人静岡新聞、2040年開始予定(YouTube)

Sの意味、間違ってない?

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2009年10月21日

一円も儲からずにTシャツを作る方法

どんなにみじめに暮らしていても、どんなに不細工に生まれついても、どんなに耳の後ろをよく洗っていなくても、生きてさえいりゃあ「かっこいい角度」があるものよ。

逆光のアホウドリ

ぐっとくるTシャツ、いろいろあります。

黒松

ほんで、なんですか、これはいったい?

「1円も儲からずにTシャツを作る方法」


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2009年10月15日

ベッキー・クルーエル(Beckii Cruel)

「可愛いにもほどがある」英国の少女ベッキーが日本デビューするそうで。ベッキー・クルーエル(Beckii Cruel)。たしかにかわいいですけど。しかし、Cruelって「残酷な」って意味だけど、こんな苗字ないよね。

話題になった「男女」って曲は前にラジオで聞いてなんだこりゃ〜と強く印象に残ってる曲なんだけど、それにあわせたダンスっていうのが、なかなかやる気がなくっていい感じです。しかし、いい部屋ですね。

男女 Danjo Dance cover by xBextahx

ベッキーのYouTube→This is Becky!

さっそくDVDも発売予定だそうです。DVDでは「男女」の歌もベッキーが歌ってるのだとか。(来日してライブもしてるそうですね)



This is Beckii Cruel!

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2009年05月28日

間違いだらけの新型インフルエンザ対策

政府の新型インフルエンザ対策は間違いだらけだった。インフルエンザは感染してすぐに発症するわけではない。感染後しばらく、症状の出ない「潜伏期間」がある。だから、海外旅行者に対する空港でのものものしい検疫はまったく無意味だ。それどころか、空港でのものものしい検疫がマスコミに報道されることによって、日本国民に新型インフルエンザに対する過剰な恐怖心を抱かせてしまった。感染経路の探索もあまり意味が無い。学術的には興味深いのかもしれないが、発症していない感染者が他にたくさんいる可能性を考えると、インフルエンザの蔓延防止のためにはほとんど役に立たないと言わざるを得ない。

結局、インフルエンザの蔓延を完全に食い止めることは不可能だということを、まず最初に認識しておく必要があった。水際で食い止めることにこだわって大騒ぎするよりも、蔓延をできる範囲で抑えていくための具体的な方法をもっと早くから国民にアピールするべきだった。手洗い・うがいの励行、マスクの着用、感染が疑われる場合には外出を控えるetc...。自治体の全域に外出自粛令を出したり、学校閉鎖をするといった過剰な対策をとる必要は無い。今回の新型インフルエンザは、通常の季節性インフルエンザとほとんど何も違わないのだから。病院での診療も場合によってはマイナスだ。院内感染のリスクを冒すよりも、症状の軽い場合には自宅療養を勧めるべきであっただろう。

神戸や大阪は経済的にかなり打撃を受けたようだけれど、この事態の責任は最初にものものしい「防疫」を実施した政府と、「豚インフル」という間違った名称で恐怖心をあおるニュースに仕立て上げた医療関係者+マスコミにあると思う。



サージカルマスクはネットの方が入手しやすくなっている。

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2009年05月12日

日米が原子力利用拡大で声明!?

おいおい、勝手な声明を出すなよ、まったく。

地球温暖化の問題が注目されるようになって、地球環境に配慮しようという動きが高まったことはいいことだと思う。だけど、そこに便乗して原子力利用を進め、利益を得ようとする人たちがいることに注意しておく必要があると思う。

原子力利用推進派は、原子力利用はCO2削減につながるとか、脱炭素社会・低炭素社会実現につながるなんて言うのだけど、放射性廃棄物の保管・処理のコストと、なによりもその危険性を考えれば、エコロジーだとか地球にやさしいなんてとても言えないはずだ。

このテロの時代にあってもっとも危険な行為は、国内に原発という兵器を置いておくことだ。ごく一部の人間の利益のために、国全体を危険にさらす必要などない。

コストもリスクも承知の上で、それでも原発がどうしても必要なのだというのなら、電力使用の多い東京など大都市のど真ん中に作るべきだ。送電時のロスを最小化するという意味でも、これがもっとも地球にやさしいのだから。

それをしないで「貧しい」地方に押し付けてるのは、やっぱりそれが「危険」だからなのだ…。

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日米、原子力利用拡大で共同声明 エネルギー政策首脳会談

訪米中の二階俊博経済産業相は4日、チュー米エネルギー長官と会談し、「原子力の利用拡大が、エネルギーと地球温暖化の問題を克服する鍵になる」との共同声明を発表。先進的な核燃料サイクル技術の研究開発と、核燃料の供給を保証する国際的な枠組み構築に向けた協力を今後も続けることで合意した。
 オバマ政権は、ブッシュ前政権が提唱した原子力政策「国際原子力パートナーシップ(GNEP)」について、使用済み核燃料の先進的な再処理施設と、再処理で取り出したプルトニウムを燃やす高速炉の国内建設を断念する方針を決めていた。
 今回の共同声明はそれ以外の分野について日米協力の継続をうたった。原発の新規建設を促進する金融支援策や核不拡散、テロなどの脅威からの核防護といった分野でも協調するとした。
2009/05/05 10:49 【共同通信】
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2009年05月05日

少子化が問題なのではない

子どもの日に合わせて、総務省が人口推計データを発表。「少子化が進んでいる」というその内容を紹介する記事の一つを読んで、ちょっと驚いた。

【アリ?ナシ?】少子化に歯止めかからず

この記事、少子化にかこつけて中絶非難をしようとしているようにも読めてしまう。「少子化が問題になってるこの時代に中絶するような奴なんてナシだよね」っと読者に思わせたいのだろうか?しかし、中絶の背景となる事柄について全く触れていないし、単純な感情論で片付けようというならあまりにもお粗末な内容だ。

たぶん、この【アリ?ナシ?】というタイトルの軽さが問題なのだと思う。前に「石田衣良の白黒つけます!!」に咬みついたことがあるけど、こういう企画はやめた方がいいと思う。この鈴木亮介の【アリ?ナシ?】というコーナーも、せめてタイトルを考え直した方がいい。

前にも書いたけれど、僕は、少子化は問題ではないと思う。子どもが減って、日本の人口が減ること自体は歓迎すべきことだ。物質浪費社会の人口減少は、限られた資源しかない地球上に暮らす人類すべてにとって利益となる。ただ、比較的急な人口減少による経済への深刻な影響や、少子化によって子どもの暮らす社会環境がさらに単純化してしまうという問題は生じうる。これらの問題への何らかの対策は必要で、そこを議論するようにしなければならない。少子化自体を「問題」と見なすべきではないのだ。少子化・人口減少は前提事項として、そこで現実として生じうる弊害をいかに最小化するかを考えるべきなのだと思う。

また、急激な人口減少をゆるめるための方策も考えておくべきだろう。その場合、子を産まない女性、結婚しない若者、中絶するカップルを問題とみなしたり敵視したってしょうがないことは、言うまでもない。必要なのは、出生率をあげるためにはどのような社会的環境を整えるべきかといったことを考えていく作業の方だ。

いずれにしても、アリとかナシとか言ってる場合じゃない。もっと突っ込んで議論すべきことがたくさんあるのだから。

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2009年04月27日

地デジカ?地デジ力?

SMAP草なぎ剛の後継者となった地デジ宣伝マスコット「地デジカ」。なんじゃこれ。「ゆるキャラ」狙いなのはわかるけど、マスコット製作努力もちょっとゆるすぎるんじゃないだろうか・・・?

ネーミングも微妙。タカ派の鳩山邦夫総務相(鳩なのに鷹)と一緒に出てくるからか、「地デジ力(ちでじりょく)」かと一瞬思った。「地デジカ」と「地デジ力」。「カ」と「力」。

どっちにしても、地デジのイメージはあまり良くない。鳩山が出すぎなんだと思う。

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2009年04月22日

常備軍は戦争の原因となる(カント)

常備軍は戦争の原因となる」(カント『永遠平和のために』)

『純粋理性批判』などで有名なドイツの哲学者、イマニエル・カント(1724−1804)が「永遠平和のために」という文章を書いているのを読んでみた。国家や君主が戦争をすることに疑問を挟む人などほとんどいなかった時代にあって、どうすれば戦争をなくせるか、平和な世界を築けるかを考察した画期的な論考。この文章に書かれたアイディアが、のちに国際連盟国際連合へと受け継がれていった。

上に挙げたのは、その中の一節。カントは、戦争を無くすための条件をいろいろ考えているのだけど、その一つが「常備軍の廃止」だ。以下に抜粋してみようと思う。

常備軍はいずれは全廃すべきである。
 常備軍が存在するということは、いつでも戦争を始めることができるように軍備を整えておくことであり、ほかの国をたえず戦争の脅威にさらしておく行為である。また、常備軍が存在すると、どの国も自国の軍備を増強し、他国よりも優位に立とうとするために、かぎりのない競争がうまれる。こうした軍拡費用のために、短期の戦争よりも平和時の方が大きな負担を強いられるほどである。そしてこの負担を軽減するために、先制攻撃がしかけられる。こうして、常備軍は戦争の原因となるのである。
 それだけではない。常備軍の兵士は、人を殺害するため、または人に殺害されるために雇われるのであり、これは他者(国家)が自由に使うことのできる機械や道具として人間を使用するということである。これはわれわれの人格における人間性の権利と一致しないことだろう。(訳・中山元)




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現代は「核」の時代であり、カントの発想では対応できない部分もある。しかしまだここから学ぶべきことはある。
タグ:反戦
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2009年04月20日

奇跡の美声?スーザン・ボイル(Susan Boyle)

Susan Boyle(スーザン・ボイル)というおばさん(47歳)の歌声がイギリスで話題になり、さらに日本でも話題になりつつあるようだ。

率直に言って、スーザン・ボイルの歌声は僕の心にはまったく響かなかった。YouTubeの音質が悪いからかと思って、いくつか音質のいいのを探してみたりしたけど無駄だった。声はよく出ていると思うけど、声にあまり表情を感じないし、何より、彼女が背負ってきたものの「深み」を彼女の歌声から聴きとることが僕にはできなかった。好みの問題もあると思うけど。

これは実は、全部「やらせ」なのじゃないかとまで思った。「やらせ」も有りうると思って見てみると、舞台裏の様子や、審査員や聴衆の表情の変化の撮影など、あまりにもうまくできすぎていて怪しい気もしてくる。審査員のコメントは台本通りで、サクラの観客がいるのかもしれない。47になるまでキスもしたことが無いというオバサンが悲願の大スターになるという「感動的ストーリー」にはめられているだけのようにも思えてくる。

しかし少なくとも、YouTubeなどで多くの人がこのビデオを見て彼女の歌声を称賛しているのは事実だ。彼女の歌声に酔いしれている人がたくさんいる。でも、ヤラセと言わないまでも、感動的なストーリーの演出と、聴衆・審査員のすべてが瞬時に陶酔してしまうという映像によって、多くの人が自分の耳で評価する以前に流されてしまうということもありえる(曲のイントロも重要)。だから、このストーリー・演出なしでこの歌声を聞いたとしたら(あるいは彼女の容姿がもう少し美しければ)、果たしてこれほど多くの人がスーザン・ボイルに感動できただろうか、という問いは検討する価値があると思う。

YouTube動画 スーザン・ボイル(Susan Boyle)奇跡の美声

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こういうことは音楽業界ではよくあることだ。メディアの宣伝工作によってそれほどでもないものが売れるということはある(だからこそ宣伝に金をかけるのだ)。また、歌声の良さよりも、曲の歌詞や、その背景となるストーリーで持ち上げられるということもあるだろう(「嘘」「やらせ」は問題だけど、そうでなければ別にかまわない)。最近の日本での例を挙げるとすれば、「千の風になって」の秋川雅史などがその典型だろう。ボーカリストとしては(クラシック歌手としてもポップス歌手としても)あまり評価できないけれど、曲(歌詞)の素晴らしさで話題となり、話題が話題を呼び、ルックスなども手伝ってすごい歌手だという地位を確立した。

歌は歌だけで評価されるべきだという考え方はおかしいのだろう。人間性や背景の物語で人の心をとらえるものも優れているのだ。

ただ、「スーザン・ボイル、奇跡の歌声」と言われると、それはちょっと違うのではないかと馬鹿正直な僕は言いたくなる。もしかすると、僕が彼女の歌にピンと来ないのは、僕自身の容姿がたいして良くないからかもしれない。つまり、僕には「容姿の良くない人間には期待しない」という思い込みが無いから、驚きが生じなかったのかも。むしろ、容姿のさえない人ほど何かしらやらかしてくれるものだと僕は思っている。

だから、YouTubeなどであまりにも大きな話題になっていることや、メディアも彼女を大きく取り上げている現状に、ちょっと違和感を覚えてしまう。「人は見かけによらない」なんていう当たり前すぎるメッセージでここまで盛り上がってしまう世界。この事態に本当にハッピーに浮かれていていいんだろうか?
タグ:動画 YouTube
posted by muse at 20:32| Comment(8) | TrackBack(6) | 洋楽その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする